私も堺金岡幼稚園をお薦めします。

堺金岡幼稚園 園医
堺市医師会 理事
堺市医師会小児科医会 理事
大阪府医師会 広報委員
大阪府社会保険診療報酬支払基金 審査員
堺市子ども虐待会議 委員長
堺市立三国丘小学校 校医
小児科 林医院 院長

林 かおる

堺金岡幼稚園は私の出身園でもあります。

かれこれ半世紀近く昔のことですが、当時は他に幼稚園も少なく、近隣の子どもは大抵一緒に通っていたと思います。阪和線の線路の横の道を北から行列を作って集団で登園していました。

今思うと、私の今の生活、職業の意識の基盤は堺金岡幼稚園に通わせて頂いたおかげで出来ていると思います。他人を思いやる事、人の為に尽くす事、お世話になった人に感謝すること、いかなる生命も大切にすること。人間にとって一番大切なことをこの幼稚園は学ばせてくれます。

子どもは3歳から明確な記憶が残ります。私の場合、小学生の時の思い出よりむしろ幼稚園での出来事、行事の方が記憶に残っていることも多く、それだけ印象的な、私にとっては革命的なことが多かったのだと思います。

特にクリスマスに関しては、荘厳なお祈り、園児達の聖書に基づいた劇をしたことは一番印象に残っています。世間でのお祭り騒ぎのクリスマスのイベントが間違っている事を幼少時から覚えました。

運動会では長く綺麗なリボンを持って、ドヴォルザークのユーモレスクという曲で踊った事を覚えています。この時から私はクラシックが好きになりピアノを習い始めました。

このように各行事を振り返りましても、決して子どもの好む流行のものではなく、子どもにとって本当に良いものを教えて下さる環境というのは大切だと思います。

医者になって20年以上、診療所を開業して10年以上経ち、何万単位の子ども達を診ていますが、親の都合で保育園に預けっぱなしのお子さんと、幼稚園をちゃんと選んで通わせているお子さんでは診察に来た時の態度が全く違います。そしてその子どもの10年後、20年後もこの時期である程度想像できるといっても過言ではありません。

保護者の方はそれをよく考えて、目先の便利さ、親の都合だけで通園施設を決めない方が良いと思います。子どもの将来を本当に考えているのならば、内容の良い幼稚園を選ばれる事が賢明です。

時代の流れ、世間のニーズに答えざるを得ないので、堺金岡幼稚園も来年から登園時間が長くなるとの事。これは今のご時世ではしかたがないことだと思いますが、幼稚園の教育理念は今までと変わらないはずです。

子どもの教育、しつけは基本的に家庭にありますが、幼稚園では集団生活でのあり方、社会的モラルを学ばせてくれます。

家庭での子どもとの時間を大切に、良い幼稚園で学んだことを大切に育ててあげてほしいと思います。

堺金岡幼稚園と私

シンクロナイズドスイミング
北京オリンピック日本代表チーム

小林 寛美

私が堺金岡幼稚園を卒園してちょうど20年経ちます。20年という数字に少し驚きましたが、今でも堺金岡幼稚園で楽しく過ごした時間を覚えていますし、そこで学んだものは自分の今の性格の重要な部分になっていると思います。

私は遊ぶことが大好きな子供で、堺金岡幼稚園ではたくさん遊びました。もちろん幼稚園ではみんなで歌ったり体操したりという時間もありましたが、自由に自分で好きな遊びを見つけて遊ぶことができる時間がたくさんあったこと覚えています。外で泥遊びをするとなると、裸で泥まみれになって夢中になって遊んでいました。

私は今でもそうですが、何かを始めるとつい夢中になってしまいます。それは遊びに限らず、その後小学校に上がって始まった勉強でも、そして9歳で始めることになったシンクロナイズドスイミングでもそうでした。私は小学校3年生からオリンピックに出場するまで15年間シンクロナイズドスイミング競技をしていました。そこは上に行けばいくほど厳しい世界で、毎日練習練習という日々でした。しんどいなあ辞めたいなあと思う時期ももちろん多々ありましたが、結局途中で投げ出すことはなく、私は大好きなシンクロを15年間夢中になってやっていました。今思えばそうして“とことん”シンクロを頑張れたのは、堺金岡幼稚園で学んだ「自分で遊びを見つけてとことん遊ぶ」というところから来ていたのかもしれません。母もよくそう言っております。

現在、私はラスベガスのサーカスショーの中でシンクロのパフォーマーをしています。そこでもまた、私は自分の見つけた新たな挑戦に夢中です。幼少期に堺金岡幼稚園で学んだことは私の中にずっと存在し続け、私はこれからも色々なものに夢中になって生きていくのだと思います。もしいつの日か自分に子供ができたら、その子にも堺金岡幼稚園のような環境を与えてあげることができればいいなあと思います。